HISTORY
常楽寺の歴史
瑞華山 常楽寺は、遠賀町鬼津にある曹洞宗(禅宗)のお寺です。慶長元年(1596年)に開かれてから、地域の方々とともに四百年あまりの歩みを重ねてきました。
開山 1596年2026年で 430年
年表
明治までは『遠賀町誌』(昭和61年発行)の記述、昭和52年からは常楽寺の記録によります。
- 慶長元年1596年
開山
龍昌寺六世の機雲盛用(きうんせいよう)を開山として開かれました。はじめは小さなお堂(堂庵)でした。
出典:『遠賀町誌』 - 元禄元年〜2年1688〜1689年
中興・開基
二世・松岩峴壽(しょうがんけんじゅ)の代に中興されました。元禄2年には井野口次郎七(法名 開了宗鉄居士)が、お寺を建てるための費用を援けるなど開創に力を尽くし、開基とされました。お堂から、正式なお寺(法地)に取り立てられたと伝えます。
出典:『遠賀町誌』 - 安永5年3月1776年
伽藍の再建
再中興の大千瑞龍(だいせんずいりゅう)が、以前にまさる伽藍を再建しました。
出典:『遠賀町誌』 - 明治39年1906年
本堂の大修繕
十六世・的庵玄法(てきあんげんぽう)が檀家の方々とともに、春から秋にかけて、改築といえるほどの大修繕を行いました。
出典:『遠賀町誌』 - 昭和52年1977年
梵鐘・鐘楼門の建立
梵鐘と鐘楼門を建立しました。
出典:常楽寺の記録 - 平成3年1991年
本堂の増改築
本堂を増改築しました。
出典:常楽寺の記録 - 平成8年1996年
ご本尊 釈迦如来の開眼供養
開山 機雲盛用大和尚の400回大遠忌を記念して、ご本尊 釈迦如来の開眼供養を行いました。
出典:常楽寺の記録 - 平成13年2001年
檀信徒会館・庫裡の建立
檀信徒会館と庫裡を建立しました。
出典:常楽寺の記録 - 平成17年2005年
白衣観音菩薩の建立
白衣観音菩薩を建立しました。
出典:常楽寺の記録 - 平成25年2013年
鐘楼門の修繕
鐘楼門の屋根瓦の葺き替えと、木部の補修工事を行いました。
出典:常楽寺の記録 - 令和2年2020年
本堂正面階段の補修
本堂の正面の階段を補修しました。
出典:常楽寺の記録
『伝記』に残る由来
明治39年(1906年)の大修繕のときに、十六世・的庵玄法和尚が書き残した記録です。
原文
抑ゝヽ当時開基開山ハ福岡県遠賀郡矢矧村玉雲山隆昌禅寺第六世機雲盛用大和尚ニシテ、開基ハ当村井野口次郎七、法名開了宗鉄居士ナリ。実ハ当時二世中興松岩峴寿和尚代開創ニシテ従来堂庵ノ処開基ト忖(計)リ法地ニ取立タルモノ歟。然ルニ開山ハ前記ノ通招待セシモノナリ、爾後幾十ノ星霜ヲ経テ漸々建物破損スルニ随ヒ再中興大于瑞龍大和尚に至テ従前ニ勝レル幾倍ノ伽藍ヲ再建セラル。時ニ安永五年(一七七六)三月ナリ。尓後世代不断相継続シ今明治三九年ニ至リ既ニ壱百三十一年ヲ経過シタリ。茲ニ於イテ歳月ト共ニ破損ノ箇所漸々増加スルニ到リタリ、依テ現住職十六世的庵玄法大ナル熱心ヲ以テ檀徒ト忖(計)リ今年春ヨリ秋ニ至ル間一大修繕ヲ加ヘ殆ント改築ニ異ナザルノ壮観ヲ極メ(中略)斯ニ聊カ事実ヲ略記シ以テ序文ニ代ユト云尓、明治三十九年初穐善法曰
福岡県遠賀郡島門村瑞華山常楽寺
前永平当山現住 的庵玄法識
※原文は『遠賀町誌』の活字のとおりです。「大于瑞龍」は、常楽寺に伝わる記録では「大千瑞龍(だいせんずいりゅう)」と記されています。
やさしい言葉で読む下書き
当寺の開山は、遠賀郡矢矧村 玉雲山隆昌禅寺の第六世・機雲盛用大和尚です。開基は村の井野口次郎七(法名 開了宗鉄居士)です。
実際には、二世で中興の松岩峴寿和尚の代に開かれたもので、それまでお堂だったところを、開基とはかって正式なお寺に取り立てたのでしょう。開山には、先に述べた和尚をお招きしました。
その後、長い年月のうちに建物が少しずつ傷んでいったため、再中興の大千瑞龍大和尚(『遠賀町誌』の活字では「大于瑞龍」)が、以前の何倍もの伽藍を再建しました。安永5年(1776年)3月のことです。
それから代々途切れることなく受け継がれ、明治39年(1906年)で131年がたちました。年月とともに傷んだところが増えてきたため、十六世の的庵玄法が熱心に檀家の方々とはかり、この年の春から秋にかけて大修繕を行いました。ほとんど改築と変わらない立派な姿になりました。
歴代住職
常楽寺に伝わる記録にもとづく、歴代のご住職です。
- 開山きうんせいよう機雲盛用慶長元年(1596)
2月20日 没 『遠賀町誌』では、龍昌寺六世の機雲盛用が慶長元年(1596)に開山したと伝えます。 - 二世中興しょうがんけんじゅ松岩峴壽元禄12年(1699)
8月19日 没 『遠賀町誌』では、二世の松岩和尚が元禄元年(1688)ごろに中興したと伝えます。 - 三世しゅうきんりょうけい周欣了逈元文2年(1737)
8月1日 没 - 四世だいえんばいぎょう大渕梅曉安永5年(1776)
3月9日 没 - 五世きょうどうぎけん曉堂冝諠没年月日不明(記録がなく分かりません)
- 六世もくしょうたつぜん黙正達禪嘉永6年(1853)
9月19日 没 - 七世りんていけんどう麟蹄堅洞天保12年(1841)
10月19日 没 - 八世だいせんかんどう大仙貫道天保8年(1837)
1月31日 没※位牌の表記による - 九世だいりょうこうぜん大嶺孝禪天保7年(1836)
10月3日 没 - 十世でんりょうてってい禪了徹肯嘉永元年(1848)
9月28日 没 - 十一世ばんかいせんりゅう卍海潜龍没年月日不明(記録がなく分かりません)
- 十二世しんけいじょ心圭著安政5年(1858)
8月5日 没 - 十三世とくうんりゅうどう德運隆道大正元年(1912)
12月1日 没 - 十四世ぶっしゅうどうかい佛州道海没年月日不明(記録がなく分かりません)
- 十五世ぎょくでんばんしゅう玉轉卍舟大正4年(1915)
7月13日 没 - 十六世てきあんげんぽう的庵玄法大正15年(1926)
2月19日 没 『遠賀町誌』に「十六世・的庵玄法」とあり、明治39年(1906)に本堂を大修繕(ほぼ改築)したときの住職です。このとき『伝記』を記しました。 - 十七世ぶつざんしょうじつ佛山松實昭和53年(1978)
2月23日 没 - 十八世ぎざんちゆう義山智勇昭和24年(1949)
10月25日 没 - 十九世重興てんがいせっこう天涯雪鴻令和2年(2020)
12月6日 没 『遠賀町誌』では「十九世・信行雪鴻」と記されています。
※世数は、住職に就いた順を表します。没年の順とは限りません。昔の僧侶は妻帯せず、住職を退いたあと、ほかのお寺で亡くなることも多かったためです。
※お名前は常楽寺の記録の字体のままです。明治5年までの没年月日は旧暦です。
再中興
歴代住職には含まれませんが、伽藍を再建した「再中興」として、常楽寺の記録に名前が残っています。
- 再中興だいせんずいりゅう大千瑞龍文政元年(1818)
9月16日 没 『遠賀町誌』が引く『伝記』に「再中興大于瑞龍大和尚」とあり(『遠賀町誌』の活字では「大于」)、安永5年(1776)3月に、以前にまさる伽藍を再建したと伝えます。
古い記録に見える常楽寺
江戸時代から明治時代の地誌にも、常楽寺の名前が記されています。
『筑陽記』ちくようき
曹洞宗、龍昌寺の末寺として記されています。山号は「瑞花山」と書かれています。
『筑前続風土記拾遺』ちくぜんぞくふどきしゅうい
村の中にあるお寺として、同じように記されています。
『福岡県地理全誌』ふくおかけんちりぜんし
本堂は横五間・奥行六間、寺地は九畝十二歩、檀家は八十八戸。慶長元年に六世・盛用が開いたこと、境内に大師堂があることが記されています。
参考:『遠賀町誌』(昭和61年発行)第7編第3章「遠賀町の寺院と堂塔」ほか、常楽寺に伝わる記録。年表と説明は、『遠賀町誌』に収められた記述をもとにまとめたものです。